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その味について思い出すこと #005「ジンジャーエール」

2016年8月20日(土)
illustration & text / カナイフユキ

その味について思い出すこと #005「ジンジャーエール」

子供の頃はあまりジンジャーエールを飲まなかった。

クリスマスや、誰かの誕生日のパーティのときに出された記憶があるけれど、あの苦味が好きになれなかったのだと思う。よく CM が流れていたコカ・コーラや、バヤリース・オレンジなんかが好きだった。

ジンジャーエールが僕の生活によく登場するようになったのは、大学に入ってすぐの頃だった。あの頃、誰と仲良くなれるかまだよくわからなくて、誘われたらとにかく断らずに遊びに行った。夜通し騒いで、初めての一人暮らしの寂しさをまぎらわせていた。

はじめによく話すようになったのは、広島の離島から上京してきたK君だった。イニシャル順の出席番号が近かったからだ。それに、僕も地方の出身だったので、なんとなく気が合うような気がした。

ゴールデンウィークに入る少し前、その頃いつもそうしていたように大勢でカラオケに行った。S君という同級生が、くるりの「ばらの花」を歌った。S君は、世田谷に実家があって、背が高くて、顔が小さくて、おしゃれで、とにかく僕やK君にとっては、東京に出なければ出会えない、洗練された人という印象だった。

K君はS君の歌う「ばらの花」に痛く感動して、「ジンジャーエール買って飲んだ、こんな味だったっけな~」と口ずさむようになり、学校の売店でジンジャーエールを買ってよく飲むようになった。それだけではなく、「どんな服をどこで買ったらいいか? 靴はどんなものを履けばいいか?」としつこくS君に質問するようになり、素直に彼のアドバイスに従っていておもしろかった。

僕はK君のそんな姿を鼻で笑っていたけれど、「ばらの花」が入っているくるりのベスト盤をレンタルして何度も聴いたし、ジンジャーエールもよく飲むようになった。そうすれば、少なくとも田舎にいた頃よりは洗練された若者になれた気がしたし、彼らの仲間になれるような気がした。

数ヶ月後、K君は別の先輩の真似をしてコーラを飲むようになっていた。「地下の自販機なら100円で買えるんだ」と得意げに教えてくれたのがまたおかしかった。

人生のうちで一番よくジンジャーエールを飲んだのは、24,5歳の頃。

大学を出た後、とりあえず生活のために販売の仕事に就いて、ある程度慣れた頃だった。ずっとその仕事を続ける気にはなれないという思いがふくらんでくるけれど、かと言って他に何をしたらいいのかわからなかった。もっと他にやるべきことがある気がしたけれど、それが何なのかわからなかった。不安を忘れるために必死で遊んだ。

行くべきかどうかわからない場所に行き、一緒に遊ぶべきかどうかわからない人たちと遊び、するべきかどうかわからないセックスをした。何もかも、それがどういう意味を持つかわからなかったし、自分の人生がまるで映画を観ているように他人事だった。

飲むべきかどうかわからないお酒もたくさん飲んだ。僕は強くなかったので、いつも2,3杯でやめて、あとはジンジャーエールを飲んだ。遊び疲れた次の日は、昼過ぎに起きて、目を覚ますためにまたジンジャーエールを飲んだ。そのまま、一日中ぼうっとして過ごすことがほとんどで、不安になるからまた遊びに出かけるのだった。

あの頃、SNS で知り合った外国人と遊んだりして、今思うと本当に似合わないことをしていた気がする。同じ頃、K君はベルリン国際映画祭の短編アニメーション部門に作品がノミネートされて、同級生の間で話題になった。

K君は、人の真似でも、思いつきでも、何でも行動するのが早かった。そして、飽きたらすぐにやめるのだった。そうやって自分のスタイルを見つけていく人だった。

僕はと言うと、臆病で、必要以上に思慮深くて、いつも人目を気にして、人の真似ばかりするK君をバカにしながら、自分では何もできなかった。自分に何が似合うのか、自分に何ができるのか、何がやりたいのかすら、わからないままだった。

26歳になる少し前、学生時代の友達に誘われた ZINE のイベントで、思い切ってマンガを発表した。「25歳のうちに何か始めなければ…何もできないまま年をとってしまいそう…」とよく自分に言い聞かせていたのを思い出す。

それがきっかけで ZINE を作るようになり、今、ZINE を通してなぜか年下の友達が増えた。自分の思い出を題材にすることが多いから、現在の僕より若い人がリアルに共感してくれるのかもしれない。

この間、彼らとカラオケに行き、本当に久しぶりに、朝が来るまでカラオケで遊んだ。「ばらの花」は歌い損ねてしまったけれど、僕はやはりジンジャーエールを飲み続けて、今より少し若かったときのことを思い出しながら、彼らが歌うのを聞いた。色々なことを思った。

彼らも、あの頃の僕みたいに、どう生きるべきか悩んだりする?
何かにあこがれて、くじけたりする?
何もかも忘れたくて、必死で遊んだりする?

「年をとれば、そんなことに悩む時間はなくなるよ。」と、周りの大人によく言われた。そうかもしれないと僕も思う。

でも、僕はずっと悩みながら生きて、あの頃の気持ちを覚えていたいと思う。無理に何かになろうとせずに、何になれるかをずっと考えていたい。あの頃のようにゆっくり悩む時間はなくても、ときどきあの頃の気持ちを思い出したい。

あの頃、ほとんどすべてのことが不安だったし、ほとんどすべてのことが不満だったけれど、これから何にでもなれる自分は無敵だった。

それに、満足のいく自分になれなくても、あこがれがくじかれても、本当に必要なものは気づいたら手に入っているものだと思う。そのことに気づくのに、少し時間がかかったけれど。

「とにかく手持ちの武器で勝負するんだ。自分にできることをやりきれば、それが自分にしかできないことになるんだよ。」と、K君が言うのを思い出す。グレーがかった青に染まった、夜明け前の部屋で。ジンジャーエールの泡が喉を通っていくときに思い出すのは、あの時のあの感じだ。

その味について思い出すこと #005「ジンジャーエール」

子供の頃はあまりジンジャーエールを飲まなかった。

クリスマスや、誰かの誕生日のパーティのときに出された記憶があるけれど、あの苦味が好きになれなかったのだと思う。よく CM が流れていたコカ・コーラや、バヤリース・オレンジなんかが好きだった。

ジンジャーエールが僕の生活によく登場するようになったのは、大学に入ってすぐの頃だった。あの頃、誰と仲良くなれるかまだよくわからなくて、誘われたらとにかく断らずに遊びに行った。夜通し騒いで、初めての一人暮らしの寂しさをまぎらわせていた。

はじめによく話すようになったのは、広島の離島から上京してきたK君だった。イニシャル順の出席番号が近かったからだ。それに、僕も地方の出身だったので、なんとなく気が合うような気がした。

ゴールデンウィークに入る少し前、その頃いつもそうしていたように大勢でカラオケに行った。S君という同級生が、くるりの「ばらの花」を歌った。S君は、世田谷に実家があって、背が高くて、顔が小さくて、おしゃれで、とにかく僕やK君にとっては、東京に出なければ出会えない、洗練された人という印象だった。

K君はS君の歌う「ばらの花」に痛く感動して、「ジンジャーエール買って飲んだ、こんな味だったっけな~」と口ずさむようになり、学校の売店でジンジャーエールを買ってよく飲むようになった。それだけではなく、「どんな服をどこで買ったらいいか? 靴はどんなものを履けばいいか?」としつこくS君に質問するようになり、素直に彼のアドバイスに従っていておもしろかった。

僕はK君のそんな姿を鼻で笑っていたけれど、「ばらの花」が入っているくるりのベスト盤をレンタルして何度も聴いたし、ジンジャーエールもよく飲むようになった。そうすれば、少なくとも田舎にいた頃よりは洗練された若者になれた気がしたし、彼らの仲間になれるような気がした。

数ヶ月後、K君は別の先輩の真似をしてコーラを飲むようになっていた。「地下の自販機なら100円で買えるんだ」と得意げに教えてくれたのがまたおかしかった。

人生のうちで一番よくジンジャーエールを飲んだのは、24,5歳の頃。

大学を出た後、とりあえず生活のために販売の仕事に就いて、ある程度慣れた頃だった。ずっとその仕事を続ける気にはなれないという思いがふくらんでくるけれど、かと言って他に何をしたらいいのかわからなかった。もっと他にやるべきことがある気がしたけれど、それが何なのかわからなかった。不安を忘れるために必死で遊んだ。

行くべきかどうかわからない場所に行き、一緒に遊ぶべきかどうかわからない人たちと遊び、するべきかどうかわからないセックスをした。何もかも、それがどういう意味を持つかわからなかったし、自分の人生がまるで映画を観ているように他人事だった。

飲むべきかどうかわからないお酒もたくさん飲んだ。僕は強くなかったので、いつも2,3杯でやめて、あとはジンジャーエールを飲んだ。遊び疲れた次の日は、昼過ぎに起きて、目を覚ますためにまたジンジャーエールを飲んだ。そのまま、一日中ぼうっとして過ごすことがほとんどで、不安になるからまた遊びに出かけるのだった。

あの頃、SNS で知り合った外国人と遊んだりして、今思うと本当に似合わないことをしていた気がする。同じ頃、K君はベルリン国際映画祭の短編アニメーション部門に作品がノミネートされて、同級生の間で話題になった。

K君は、人の真似でも、思いつきでも、何でも行動するのが早かった。そして、飽きたらすぐにやめるのだった。そうやって自分のスタイルを見つけていく人だった。

僕はと言うと、臆病で、必要以上に思慮深くて、いつも人目を気にして、人の真似ばかりするK君をバカにしながら、自分では何もできなかった。自分に何が似合うのか、自分に何ができるのか、何がやりたいのかすら、わからないままだった。

26歳になる少し前、学生時代の友達に誘われた ZINE のイベントで、思い切ってマンガを発表した。「25歳のうちに何か始めなければ…何もできないまま年をとってしまいそう…」とよく自分に言い聞かせていたのを思い出す。

それがきっかけで ZINE を作るようになり、今、ZINE を通してなぜか年下の友達が増えた。自分の思い出を題材にすることが多いから、現在の僕より若い人がリアルに共感してくれるのかもしれない。

この間、彼らとカラオケに行き、本当に久しぶりに、朝が来るまでカラオケで遊んだ。「ばらの花」は歌い損ねてしまったけれど、僕はやはりジンジャーエールを飲み続けて、今より少し若かったときのことを思い出しながら、彼らが歌うのを聞いた。色々なことを思った。

彼らも、あの頃の僕みたいに、どう生きるべきか悩んだりする?
何かにあこがれて、くじけたりする?
何もかも忘れたくて、必死で遊んだりする?

「年をとれば、そんなことに悩む時間はなくなるよ。」と、周りの大人によく言われた。そうかもしれないと僕も思う。

でも、僕はずっと悩みながら生きて、あの頃の気持ちを覚えていたいと思う。無理に何かになろうとせずに、何になれるかをずっと考えていたい。あの頃のようにゆっくり悩む時間はなくても、ときどきあの頃の気持ちを思い出したい。

あの頃、ほとんどすべてのことが不安だったし、ほとんどすべてのことが不満だったけれど、これから何にでもなれる自分は無敵だった。

それに、満足のいく自分になれなくても、あこがれがくじかれても、本当に必要なものは気づいたら手に入っているものだと思う。そのことに気づくのに、少し時間がかかったけれど。

「とにかく手持ちの武器で勝負するんだ。自分にできることをやりきれば、それが自分にしかできないことになるんだよ。」と、K君が言うのを思い出す。グレーがかった青に染まった、夜明け前の部屋で。ジンジャーエールの泡が喉を通っていくときに思い出すのは、あの時のあの感じだ。

カナイ フユキ / Kanai Fuyuki
イラストレーター・作家

1988年生。マンガ、イラストレーション、エッセイなどの作品と、それらをまとめたジンの創作を行う。コミック・ジン「LOST IN PARADISE」発売中。

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