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そんなこともあったね 001「卵焼き」

2017年2月13日(月)
写真 / ともまつりか , 文章 / みち

そんなこともあったね 001「卵焼き」

実家は山の中にあって、いちばん近い駅までも、歩いたらけっこうな時間がかかった。

電車は東京で走っているそれに比べて車両が少なかったし、ボタンを押さないとドアが開かなかったし、1時間に1本しか走らなかった。高校時代、平日は毎日電車に乗った。駅までの道を、夏は自転車で行って、冬は母が車を出してくれて。

その電車は、雪が降ると当たり前のように遅延する。時には20分待つことだってあったけれど、車体のあちこちに雪をくっつけて駅に滑り込んでくる電車には不思議な愛嬌があって、ローファーの中で感覚が無くなるほどつま先が冷えていてもあまり気にならなかった。ほとんどの高校生が特定の時間の1本に集中するので車内は彼らであふれかえっていて、駅につくまでの十数分間は、さまざまな制服の中に紛れて揺れていた。

私もきっと、誰かにとっての「さまざま」の一部なのだった。私としてでなく「さまざま」の一部として揺れている時間は頭をからっぽにすることができて、すこし好きだった。

電車の遅延がほぼ確定事項だったので、冬は夏よりも1本早い電車に乗っていた。おのずと1時間早く起きることになる。

5時半過ぎ、まだストーブの熱が行き届いていない部屋で、半分まだ眠っている状態で食べた朝食。ご飯と味噌汁。青菜の漬物。弁当に入りきらなかった卵焼き。食後、からになったご飯茶碗に白湯を注いで、薬を飲んでいた祖母の横顔。とても眠かった。景色は全部ぼんやりとしていた。今も、あの朝がまるごと霧の中に置いてきぼりになっているみたいに、思い出そうとしてもはっきりとした輪郭は見えない。

高校卒業後、上京して数年が経った。
社会人になっても平日は毎日電車に乗っている。

12両編成の特急電車や、自動でドアが開くことや、あっという間に次の電車が来ることにも驚かなくなった。電光掲示板に表示されている時刻から少しでも遅れると、おや?と思うことすらある。それくらい、基本的にとても便利な毎日。

昼休みは踏切を越えて坂道を少し下ったところにある中華料理屋によく行くのだけれど、便利な毎日と引き換えに、その踏切でよく足止めをくらうのだった。縞々のバーが上がるのを待っていると、電車のボタンを押したくなる時がある。ひらくが緑、しまるが赤の。

茶碗を持つ祖母の手のふかい皺、その指にはめられた銀の結婚指輪のことを、思い出せなくても想像したくなる時がある。

母の焼く、美しい卵焼きのことを考える時がある。

それは本当に美しい卵焼きだったのだ。過剰な焼き目はいっさいついていなくて、黄色が鮮やかで、いつも同じ大きさで、いつも同じ甘さで、いつも弁当箱の右端にきっちりと収まっていて、いつも余りが朝食に出てきて。美しかった。母の毎日の積み重ねによってつくられた、完璧な卵の層だった。

バーが上がっても、少しだけ立ち止まったまま、目を閉じて霧をつかもうとする。その霧の向こうにかすかに黄色が差し込んだかと思うと、目を開けたときにはもう消えていた。

そんなこともあったね 001「卵焼き」

実家は山の中にあって、いちばん近い駅までも、歩いたらけっこうな時間がかかった。

電車は東京で走っているそれに比べて車両が少なかったし、ボタンを押さないとドアが開かなかったし、1時間に1本しか走らなかった。高校時代、平日は毎日電車に乗った。駅までの道を、夏は自転車で行って、冬は母が車を出してくれて。

その電車は、雪が降ると当たり前のように遅延する。時には20分待つことだってあったけれど、車体のあちこちに雪をくっつけて駅に滑り込んでくる電車には不思議な愛嬌があって、ローファーの中で感覚が無くなるほどつま先が冷えていてもあまり気にならなかった。ほとんどの高校生が特定の時間の1本に集中するので車内は彼らであふれかえっていて、駅につくまでの十数分間は、さまざまな制服の中に紛れて揺れていた。

私もきっと、誰かにとっての「さまざま」の一部なのだった。私としてでなく「さまざま」の一部として揺れている時間は頭をからっぽにすることができて、すこし好きだった。

電車の遅延がほぼ確定事項だったので、冬は夏よりも1本早い電車に乗っていた。おのずと1時間早く起きることになる。

5時半過ぎ、まだストーブの熱が行き届いていない部屋で、半分まだ眠っている状態で食べた朝食。ご飯と味噌汁。青菜の漬物。弁当に入りきらなかった卵焼き。食後、からになったご飯茶碗に白湯を注いで、薬を飲んでいた祖母の横顔。とても眠かった。景色は全部ぼんやりとしていた。今も、あの朝がまるごと霧の中に置いてきぼりになっているみたいに、思い出そうとしてもはっきりとした輪郭は見えない。

高校卒業後、上京して数年が経った。
社会人になっても平日は毎日電車に乗っている。

12両編成の特急電車や、自動でドアが開くことや、あっという間に次の電車が来ることにも驚かなくなった。電光掲示板に表示されている時刻から少しでも遅れると、おや?と思うことすらある。それくらい、基本的にとても便利な毎日。

昼休みは踏切を越えて坂道を少し下ったところにある中華料理屋によく行くのだけれど、便利な毎日と引き換えに、その踏切でよく足止めをくらうのだった。縞々のバーが上がるのを待っていると、電車のボタンを押したくなる時がある。ひらくが緑、しまるが赤の。

茶碗を持つ祖母の手のふかい皺、その指にはめられた銀の結婚指輪のことを、思い出せなくても想像したくなる時がある。

母の焼く、美しい卵焼きのことを考える時がある。

それは本当に美しい卵焼きだったのだ。過剰な焼き目はいっさいついていなくて、黄色が鮮やかで、いつも同じ大きさで、いつも同じ甘さで、いつも弁当箱の右端にきっちりと収まっていて、いつも余りが朝食に出てきて。美しかった。母の毎日の積み重ねによってつくられた、完璧な卵の層だった。

バーが上がっても、少しだけ立ち止まったまま、目を閉じて霧をつかもうとする。その霧の向こうにかすかに黄色が差し込んだかと思うと、目を開けたときにはもう消えていた。

Photo by  / ともまつ りか
フォトグラファー

東京のインディーズロックグループ、carpool のベース。写真撮ります。フジロッ久(仮)、カネコアヤノ、花泥棒のアーティスト写真など。

text by  / michi
エディトリアルデザイナー

1992年山形県生まれ。東京都在住。 エディトリアルデザイナー。三姉妹の次女。

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