よむ DAYZ.

おいしいだいずでくらしをゆたかに

DAYZ. NEWS

Q DAYZ. SEARCH

準備中

  • DAYZ. ONLINE SHOP
  • DAYZ. Twitter
  • DAYZ. Facebook

よむ DAYZ.

メニュー

おいしいだいずでくらしをゆたかに

loading

その味について思い出すこと #002「アスパラ」

2016年6月17日(金)
illustration & text / カナイフユキ

その味について思い出すこと #002「アスパラ」

僕は田舎の生まれで、一緒に暮らしていた父方の祖父母は兼業農家だった。米や、そのほかにもいろんな野菜を育てていた。野菜の美味しさを知ることができたのはそのおかげだ。本当にありがたいことだと思う。新鮮な野菜は本当に、本当にどれも美味しかった。

ジャガイモはレンジで温めてバターを塗るだけで、キャベツは炒めてソースか醤油をかけるだけで良い。きゅうりには味噌をつけるだけで、トマトには塩をかけるだけで良い。

初夏の野菜で大好きなのはアスパラだった。太いアスパラは、ゆでてマヨネーズと醤油をかける。細いアスパラは、味噌炒めにして、みりんと砂糖で甘く味付けする。

家の庭の向こうは大きなアスパラ畑だった。アスパラの匂いをかぐと、実家で過ごした夏のことを思い出す。汗で背中にはりついたTシャツ、水泳バッグ、麦茶やそれを飲んだコップに描いてあった絵、古い扇風機やカエルの鳴き声のこと。

子供の頃は、家族全員で食卓を囲んだ。

「楽しくご飯を食べるのも大事な栄養なんだよ。」と祖母が言っていたのを覚えている。

つい先日、その祖母が亡くなった。

僕が高校に上がる頃から、約10年間寝たきりだった。最期の数年は、お見舞いに行っても目を動かすだけで喋れなくなり、祖母にあてがわれた老人ホームの個室で、僕は何も言えずに気まずい時間を過ごした。

亡くなったと聞いたときも、正直に言ってあまり驚かなかった。むしろ、本人は楽になってよかったんじゃないかとさえ思った。

葬儀の最後、父が喪主のあいさつで「母は働き者だった」という話をした。

「朝は暗いうちから畑の草取りに出かけ、母がバイクで畑から戻る音でみんな目覚めたものでした。今の季節だと、暗くなるまでアスパラの出荷準備をしていました…」

アスパラの出荷準備のところで父は声をつまらせ、僕もつられてその日はじめて泣いた。

子供の頃、学校から帰ってくると、祖母はいつも庭の物置きでアスパラの出荷準備の作業をしていた。手ぬぐいを頭に巻いて、アスパラの端を切りそろえる切断機の横に座っている。ベルトコンベアの上にアスパラを載せると、流れた先で回っているカッターがアスパラの下端を切りそろえる。「あぶないからカッターに近づいちゃいけないよ。」と言いながら、載せる作業を手伝わせてくれた。

子供の頃の幸せな記憶というのがいくつかあって、その中では必ず、自分は完璧に守られているという安心感がある。たぶん、その感覚と、家族みんなのいる食卓と、野菜は、僕の中でとても近いところにあるのだと思う。野菜の中でもアスパラは特別に好きだった。特別な野菜だった。あの食卓を思い出すとき、必ずアスパラを思い出す。

誰かが亡くなって悲しいのは、その人にもう会えないからという理由もあるけれど、その人と過ごした時間が過去のことであって、2度と戻らないことを改めて実感するからでもある。いつまでも同じ場所にはとどまれないのだと、思い知らされる。僕が子供で、祖母が生きていて、家族全員で食卓に集まった時間はもう戻らない。あんなふうに心の底から誰かに守られていると思えることは、あんな安心感は、これから先あるのかわからない。

僕はこれからも毎年、なるべく新鮮なアスパラを買って、太いアスパラはゆでて、細いアスパラは炒めて食べようと思う。幸せな記憶を思い出しながら、それと同じくらい幸せな記憶を、これからの人生で作っていくしかないのだ、と思う。

カナイ フユキ / Kanai Fuyuki
イラストレーター・作家

1988年生。マンガ、イラストレーション、エッセイなどの作品と、それらをまとめたジンの創作を行う。コミック・ジン「LOST IN PARADISE」発売中。

TOP

関連記事

その味について思い出すこと #006「アイスの実」

その味について思い出すこと #006「アイスの実」

Column by : Kanai Fuyuki

雨が上がって、空はくっきりとした水色になり、乾いた風が吹いてくる。僕と母は、コンクリートで出来た大きな階段を登っている。途中で僕は「おんぶ」とせがむ。母はため息をつ…

つづきをよむ

2017.06.15 THU

こらむ

2017.06.15 THU    |    こらむ

その味について思い出すこと #005「ジンジャーエール」

その味について思い出すこと #005「ジンジャーエール」

Column by : Kanai Fuyuki

子供の頃はあまりジンジャーエールを飲まなかった。 クリスマスや、誰かの誕生日のパーティのときに出された記憶があるけれど、あの苦味が好きになれなかったのだと思う。よく…

つづきをよむ

2016.08.20 SAT

こらむ

2016.08.20 SAT    |    こらむ

その味について思い出すこと #004「カレー」

その味について思い出すこと #004「カレー」

Column by : Kanai Fuyuki

18歳で東京に出てきた春、はじめてデートをした人が連れて行ってくれたカレー屋がある。ビーフカレーが有名で、アボカドと卵黄をトッピングすると美味しい。 ボリュームもあ…

つづきをよむ

2016.08.05 FRI

こらむ

2016.08.05 FRI    |    こらむ

その味について思い出すこと #003「クレープ」

その味について思い出すこと #003「クレープ」

Column by : Kanai Fuyuki

安いクレープでも意外と美味しいものがある。昔、コージーコーナーで180円くらいで売っていたクレープは、クリームが入っているだけのシンプルなものだったけど、生地がやわ…

つづきをよむ

2016.07.23 SAT

こらむ

2016.07.23 SAT    |    こらむ

その味について思い出すこと #001「コーヒー」

その味について思い出すこと #001「コーヒー」

Column by : Kanai Fuyuki

野坂昭如の「バージンブルース」という歌に「はじめて飲んだ憧れの夜明けのコーヒーどんな味」というフレーズがある。コーヒーは確かに、憧れだった。 初めてコーヒーを飲んだ…

つづきをよむ

2016.06.03 FRI

こらむ

2016.06.03 FRI    |    こらむ

編集者・スタッフを募集しております。

おいしいだいずでくらしをゆたかに「DAYZ.」では、取材をお手伝いしてくれる編集者やライター、おもしろい企画を考えてくれるディレクターや、さまざまなジャンルのスタッフ・クリエイター・アーティストを常に募集しております。
自由な発想で、好きな土地で、好きな時間に活動いただけます。
おいしいものが好きなひと、街やひとが好きなひとなど、募集しております。
お住まい・経験・年齢は問いません。何ができるかわからなくても構いません。
気軽に まで、お問い合わせくださいませ。

TOP

編集者・スタッフを募集しております。

おいしいだいずでくらしをゆたかに「DAYZ.」では、取材をお手伝いしてくれる編集者やライター、おもしろい企画を考えてくれるディレクターや、さまざまなジャンルのスタッフ・クリエイター・アーティストを常に募集しております。

自由な発想で、好きな土地で、好きな時間に活動いただけます。

おいしいものが好きなひと、街やひとが好きなひとなど、募集しております。

お住まい・経験・年齢は問いません。何ができるかわからなくても構いません。

気軽に まで、お問い合わせくださいませ。