その味について思い出すこと #002「アスパラ」
2016年6月17日(金)
illustration & text / カナイフユキ
僕は田舎の生まれで、一緒に暮らしていた父方の祖父母は兼業農家だった。米や、そのほかにもいろんな野菜を育てていた。野菜の美味しさを知ることができたのはそのおかげだ。本当にありがたいことだと思う。新鮮な野菜は本当に、本当にどれも美味しかった。
ジャガイモはレンジで温めてバターを塗るだけで、キャベツは炒めてソースか醤油をかけるだけで良い。きゅうりには味噌をつけるだけで、トマトには塩をかけるだけで良い。
初夏の野菜で大好きなのはアスパラだった。太いアスパラは、ゆでてマヨネーズと醤油をかける。細いアスパラは、味噌炒めにして、みりんと砂糖で甘く味付けする。
家の庭の向こうは大きなアスパラ畑だった。アスパラの匂いをかぐと、実家で過ごした夏のことを思い出す。汗で背中にはりついたTシャツ、水泳バッグ、麦茶やそれを飲んだコップに描いてあった絵、古い扇風機やカエルの鳴き声のこと。
子供の頃は、家族全員で食卓を囲んだ。
「楽しくご飯を食べるのも大事な栄養なんだよ。」と祖母が言っていたのを覚えている。
つい先日、その祖母が亡くなった。
僕が高校に上がる頃から、約10年間寝たきりだった。最期の数年は、お見舞いに行っても目を動かすだけで喋れなくなり、祖母にあてがわれた老人ホームの個室で、僕は何も言えずに気まずい時間を過ごした。
亡くなったと聞いたときも、正直に言ってあまり驚かなかった。むしろ、本人は楽になってよかったんじゃないかとさえ思った。
葬儀の最後、父が喪主のあいさつで「母は働き者だった」という話をした。
「朝は暗いうちから畑の草取りに出かけ、母がバイクで畑から戻る音でみんな目覚めたものでした。今の季節だと、暗くなるまでアスパラの出荷準備をしていました…」
アスパラの出荷準備のところで父は声をつまらせ、僕もつられてその日はじめて泣いた。
子供の頃、学校から帰ってくると、祖母はいつも庭の物置きでアスパラの出荷準備の作業をしていた。手ぬぐいを頭に巻いて、アスパラの端を切りそろえる切断機の横に座っている。ベルトコンベアの上にアスパラを載せると、流れた先で回っているカッターがアスパラの下端を切りそろえる。「あぶないからカッターに近づいちゃいけないよ。」と言いながら、載せる作業を手伝わせてくれた。
子供の頃の幸せな記憶というのがいくつかあって、その中では必ず、自分は完璧に守られているという安心感がある。たぶん、その感覚と、家族みんなのいる食卓と、野菜は、僕の中でとても近いところにあるのだと思う。野菜の中でもアスパラは特別に好きだった。特別な野菜だった。あの食卓を思い出すとき、必ずアスパラを思い出す。
誰かが亡くなって悲しいのは、その人にもう会えないからという理由もあるけれど、その人と過ごした時間が過去のことであって、2度と戻らないことを改めて実感するからでもある。いつまでも同じ場所にはとどまれないのだと、思い知らされる。僕が子供で、祖母が生きていて、家族全員で食卓に集まった時間はもう戻らない。あんなふうに心の底から誰かに守られていると思えることは、あんな安心感は、これから先あるのかわからない。
僕はこれからも毎年、なるべく新鮮なアスパラを買って、太いアスパラはゆでて、細いアスパラは炒めて食べようと思う。幸せな記憶を思い出しながら、それと同じくらい幸せな記憶を、これからの人生で作っていくしかないのだ、と思う。
●
カナイ フユキ / Kanai Fuyuki
イラストレーター・作家
TAG : Fuyuki Kanai , その味について思い出すこと , こらむ
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