そんなこともあったね #005 コンクリの色
2019年2月16日(土)
写真 / ともまつりか , 文章 / みち
一歩も動きたくない時と、どこかに行ってしまいたい時と、二通りの夜があって、今日はどこかに行ってしまいたくなったので部屋を出た。そういうふうに始まる散歩がたまにある。「行ってしまいたい」という気持ちだけがあって、「どこに」というのはいつも無い。
想像より少しだけ現実の外気の方が冷たかったけど上着は着ない。正直、この時期にみんなが着ている軽めの上着は自分は無くても平気で生きていける。羽織る日もあるけど防寒よりも擬態の意が強い。「上着忘れたの?」感から逃れるというか。街で見かける、冬でも半袖のTシャツで闊歩する外国人は、自分には眩しくてかなわない。
どこかに行ってしまいたい時の散歩で重要なのは最初の数分間とにかく頭をからにすること。部屋を出た瞬間からどこかに行ってしまいたい自分との対峙は始まっている。できるだけ何も、左右どっちに進もうかとか含めて何も考えない。数分後に「あ、左に進んでたんだな」と気付くくらいが理想なのだ。
しばらく歩いてからふと辺りを見回すと、今回は右の方に進んでいた。この辺は街灯の間隔が広すぎて、暗闇に自分の姿が溶けていくのとまたぼうっと現れるのが一定のテンポで繰り返される。川の近く。車も人も全然通らない。川の音ってなんとも言えない不思議さがあるよなと思う。川床の石に水がぶつかる、小さな衝撃が無数に集まった音。足元の石を拾って投げると思ったよりも素直に「どぷん」って、いかにも人工的な音がした。
別に嫌なことがあったわけでもなくて、忘れたいことがあるわけでもなくて、この「どこかに行ってしまいたい」感じが何から来るのかは全然分からない。分からないなりに受け止めてこうして歩きまわることで段々と自分の内側が整っていく気がする。気がするだけで実際は分からない。
かと思えば今度は急に歩くのをやめてみたくなってしまった。「一歩も動きたくない」のと「どこかに行ってしまいたい」のと、逆のようでいてこの二つはすごく近いところにある感覚なのかもしれない。そのまま寝そべってしまう。歩きたくない時は、歩かない。
背中越しにコンクリートの冷たくてかたくてごつごつしたのが伝わってくる。コンクリの色って近くで見ると複雑で、単なる灰色じゃないって気付いた。何分くらいそうしていたか、さすがに背中の方からじわじわと冷えてきたので立ち上がってまた歩き始める。「今日は上着着たらよかったかもしんない」と思った。
行きの時は頭をからにしていたので全然視界に入っていなかったんだけど、道の途中にローソンがあったのでぬるっと入った。店内を一周するとパピコに目がとまって、寒いんだけど、いいやと思って買って出る。
二本とも自分で食ったると意気込んで店を出るなり一本くわえて歩いていると、ばったり友達と出くわして「えーなにやってんの」と声をかけられた。友達は上着を着ていた。「なんもしてないよ」って言った途端、どこかに行ってしまいたい自分も一歩も動きたくない自分も誰とも半分こしないって思ってた自分もふっと消えていってしまって、ローソンの袋からもう一本のパピコを出して、初めからそうしようと思ってたみたいにして「あるけど」って渡した。
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Photo by / ともまつ りか
フォトグラファー
text by / michi
エディトリアルデザイナー
TAG : RIKA TOMOMATSU , michi , そんなこともあったね , こらむ
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