

毎日ひとつひとつきちんとやる。決して手を抜かない。
毎日ひとつひとつきちんとやる。決して手を抜かない。
#015 / 小野田豆腐店 / 東京都中野区東中野
TEXT , PHOTO / 加藤 淳也(編集長)
今回は編集長のぼくがいままで食べてきた「とうふ」の中で、いちばんおいしいと思った「とうふ」を〈つくる〉ひとへ話を聞きに行った。しかしながら、ぼくはひとに自慢できるほど「とうふ」の種類や数を食べてきているわけでもなければ、とうふに対して執拗に探求しているわけではない。だから、おいしいとうふの定義とは、条件とは、と聞かれると、尻尾をまいて逃げてしまうのである。
ただ、1つだけポリシーはある。あくまで、消費者目線であるということだ。学者めいた口ぶりでとうふを食べることは絶対にしない。ぼくは消費者として、手を伸ばせば(伸ばし方はいろいろあるけれど)いつだって手の届くものを、できるだけ選んでいこうと思っている。おいしそうだな、とか、興味あるな、でいいかなと思っている。安いとうふでもうっかり「おいしい」って言ってしまうような編集長でいたい。
つまり、ぼくは、ぼくらしく、選んで食べたいのだ。
●
今回紹介する「小野田豆腐店」は住所でいうと東中野5丁目。住宅地といった印象。けれど、昔ここは「小滝(おたき)」という住所で、店のすぐ横には今でも『小滝橋』という橋があり、その下には神田川が流れている。つまり小野田豆腐店があるこの町は、ちょっと昔ならば「水」にちなんだ町だった。
小野田豆腐店の店先には、いまでもみずみずしいとうふがたくさん浮かんでいる。清らかな水の流れる神田川。いまよりもぐんと車通りは少なく、人々が歩き、会話を楽しみながら、それではと別れ際にとうふ屋に寄って、絹だがんもだと夕飯の材料を買っていく。夕焼け小焼けの赤とんぼ。と、こんな風に、町のとうふ屋の背景には必ず歴史がある。景色は移ろえど、店は変わらない。値段も味も変わらないお店もあれば、佇まいはそのままなのに、確かに、何かが変わったお店もある。小野田豆腐店には「四代目」という名前のとうふがある。
四代目で、とうふの味が変わったのだ。
小野田豆腐店のとうふを変えた
ある「とうふ」との出会い
三代目の父親の後を、なんとなく継ぎ、見よう見まねでとうふ屋をはじめた小野田滋さん(以下、滋さん)の人生をガラッと変えたのは、ある人が持ってきてくれた「とうふ」だった。その「とうふ」を一口くちにした瞬間に、滋さんは一瞬で「ダメだっ」と思ったという。「このままやっていたら、この先とうふ屋としては生き残っていけない」と確信したという。その後、滋さんは、人から人を介し、その「とうふ」を作った職人に会いにいく。そして「おいしいとうふの作り方を教えてほしい」と、門を叩くのだった。
快諾を得られるも、与えられた時間はたった1日。しかも、教えてもらうのではなく、「見ていて」というものだった。自分の店とほぼ同じ道具で、同じ材料で、とうふができていくその様子をただ見ているだけなのだ。彼のとうふはおいしくて、自分のはどうもうまくいかない。何を聞けばいいのかもわからないくらい、なにが違うかがわからない。でも、違う。
●
毎日ひとつひとつきちんと
いつもどうりにやることが大事
コツなんかは教わっていない。何度も言うけれど、とうふを作るなんて、大体の場合、同じような道具で、同じような材料なのだ。ただ、その「背中」を追いかけながら作ることに意味があった。同じような道具で、同じような材料で、同じように作り続けることに意味があった。3ヶ月あたりから、少しずつ味が近づき出すのだ。そのあたりから「自分のとうふだ」と思える自信に変わってくる。さらに1年くらい作り続けていると、その「とうふ」は誰のものでもない小野田豆腐店「四代目」の味になっていたのである。
毎日ひとつひとつきちんと、いつもどうりにやることが大事だった。と、滋さんは言う。ひとつひとつをいかに手を抜かずにきちんとやるか。特別なコツなんてものはなくて、毎日毎日、豆粒ひとつ妥協せずに全てをきちんとやっていくことだ。と続けた。例えば水で薄めれば、もっとたくさんの量を作れるんだけれど、そういうのはやらない。そんな小野田豆腐店のとうふは濃くて甘い。
コミュニケーションの変化と
職人に求められる姿勢
小野田豆腐店の店先には、ショーケースの中に「だいず」が並んでいる。言うまでもなく「だいず」は「とうふ」の材料だ。しかしじつはこの「だいず」が「とうふ」だとすぐに想像できる人はすくない(ように思う)。頭ではわかっていても、心ではわからないというか。だいたいのひとが頭でしかわかっていない。もちろん、だいずが違えば、少なからずとうふの味も変わってくる。だいずに個性があれば、その個性が影響される。例えば甘いだいずを使えば甘いとうふができる。枝豆みたいにコクの深いとうふもある。そういうのも楽しんでもらいたいという想いから、小野田豆腐店の定番商品は、時々、だいずを変える。常連さんの中でも気づく人は気づく。「今日のはちょっとちがったね!」と。
町のとうふやはいつもおんなじとうふを変わらず作るべきだ、という時代もあった。それが職人である、という時代だった。ー もちろん今はそんな時代ではない。
●
どんどん変わるだいずの味と
ずうっと変わらない「おいしさ」
「しょっちゅう変えちゃう」と、笑いながら話す滋さん。おいしいだいずに出会えた時や、問屋さんから聞いたことのない珍しいだいずをオススメされた時なんか、機会さえあればしょっちゅう変えると言うのだ。それは、だいずの味の可能性に挑戦する、という感覚に近いのかもしれない。もしくは、もっと自分のとうふがおいしくなるかもしれない、という挑戦にも思える。
けれど、滋さんにとってみれば、そんな難しい話ではないのかもしれない。だいずが変わると、味も変わって、それに気づいてくれたお客さんとコミュニケーションの機会が生まれる。こういうのもあるよ、あれがおいしかった、とか、あれはいまいちだった、とか、もしかしたらそんな話をしたいのかもしれないと、常連のお客さんと楽しそうに話す滋さんを見て思った。小野田豆腐店の「おいしい」は、もしかしたら店の常連さんとのコミュニケーションが作っているのかもしれないなと、ふと思った。
だいずは工業製品ではない
だいずは「農作物」なんだ
だいずを変える理由がもう1つ。と、滋さんは続けた。 「だいずは農作物だからね」という。つまり「工業製品ではない」ということだ。当たり前の話に聞こえるかもしれないけれど、だいずは農作物だから、毎年おんなじ味なわけでもなければ、同じ種類のだいずが毎年同じクオリティを保って出荷されてくるなんて保証は誰も約束できない。天気も影響するし、それはだいずを育てる上での畑の特性でも起こりうる変化なのだそうだ。だから「うちの店の売りはこのだいず」って言いきってしまうと、そのだいずがその年ダメだったら「どうしようっ」てなってしまう。だから、少なくとも味の変化に敏感になって、どんな豆が来ても、いつでもおいしいとうふを提供できるように対応していきたいと話す滋さん。
だいずも変わる。味も変わる。けど、やり方は変えない。つまり、おいしさは変えない。そんな姿に現代の「とうふ職人」の姿を見たような気がした。
●
ぼくらは「選択」することができるのか
それとも「選択」できなくなるのか
だいずが農作物であるということは、もうひとつ重要なことを気づかせてくれる。需要と供給の問題である。スーパーで安売りされている「とうふ」もあれば、小野田豆腐店のような安心でおいしい「だいず」からできた「とうふ」がある。もちろんぼくらは(いま)どちらも、選択することができる。ただし(こどもたちにも安心して食べさせられる)おいしい「だいず」を作る農家は、やはり少ないのだ(減っていってるのだ)。いい「だいず」が売れなければ農家は作らなくなる。作らなくなると「なくなるのだ」。ぼくらは、いつしか「安心で」「おいしい」とうふを選べなくなってしまうかもしれないのだ。
それを思ってか、最近の滋さんは、生産者、いわゆる大豆農家との直接のコミュニケーションを大切にするようになったという。現状を細かく情報共有することで、明日の、来年の、いや、10年後、20年後の「だいず」と「とうふ」のことを考えていくというのだ。
さいごに
もしかしたら近い将来、ぼくらは、「安心で」「おいしい」とうふを選べなくなってしまうかもしれない。でも、ちゃんとひとつひとつぼくらが「選べば」きっと「残せる」。それは確かなこと。
ー 暮しの手帖の初代編集長・花森安治がかつてこういっていた。
絶えず努力する手だけが、一番美しいものを、いつも作りつづける。
滋さんは、夜になるとタクシーの運転手に変身する。タクシーの仕事が終わると、朝のみずみずしい空気の中で、とうふをつくる。
安心でおいしいとうふを作るには、コストがかかるのだ。そこそこのとうふをそこそこの金額で売れば、それだけで暮らせるかもしれないのに、けれど、味を落とそうだなんて、考えない。
タクシーとのお客さんとの会話も大切なコミュニケーションだからやめられない、と、笑う。
ひとつひとつきちんと、いつもどうりにやることで、おいしいとうふをその手で作り続ける小野田豆腐店の四代目・滋さん。
彼の中に、現代の「職人」(アルチザン)を見た。
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小野田豆腐店
住所:東京都中野区東中野5丁目25-6
電話番号:03-3371-8391
営業時間・定休日 / 日・祭日
そのほか店舗にお問い合わせください
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